昭和44年12月26日 朝の御理解
中村良一
御理解 第14節
「神は荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさる。」
御理解 第13節
「神は向こう倍力の徳を授ける。」
沢山のお弟子さんがお出来になられました。いわゆる、もう、生みなされることにおいては、日本一と言われた。もう、二十年も前の話ですけれども、神様が、えらいお知らせを下さる中に、九州で,三松と言われなさった先生方の、一つのご信心性格といったようなものを、色んな表現で下さったことがあるんですね。
小倉の桂松平先生、久留米の石橋松次郎先生、そして、甘木の安武松太郎先生。まぁ当時、九州きっての、大徳者でございますね。同じ金光様が、ご信心頂きながら、同じ桂先生のお弟子でありながら、やっぱ、それぞれに、その、生き方、あり方というものが違うておる。それに、私まで加えて、まぁ大坪総一郎の信心性格といったようなものを、教えて下さったことがあるんです。その中に、安武先生の事を、まぁ、段々、信心が出来ますと、心が豊かに大きくなりますよね、皆が。言うなら、腹が大きゅうなる訳ですね。いわば、安武先生の場合はね、腹が大きいと言うてもね。いつも、妊産婦のような意味においての、腹の大きさだという風に頂いた。お腹が大きいけれど、今にも生まれそうにして、しとられるといったような姿を頂くんです。なるほど、生みなすという事においては、当時、やはり、日本一と言われなさったんですよね。お弟子さんが、次々できる、生みなされていかれる。けれども、その、やはり、あんまり見よいものではありませんよね、大どん腹しておるというのは。ね。
かたや、久留米の石橋先生なんかのは、私共も、まだ、青年時代に、あの、玉錦という、立派な横綱がおりましたよね。それこそ、玉錦という、玉のような、とにかく、かわいらしい顔の、そら見事なお相撲さんでしたですねぇ。もう、名の通りの相撲でした。お腹はもう、いよいよ、太鼓腹。久留米の初代をさしてね、神様は、久留米の石橋は、玉錦のような、いう意味での、お腹が大きいんだと言う訳ですよね。腹が大きいち言う。なるほど、金光様をして、石橋さんこそ、真の人でしょうと言われるほどしに、立派なお方でしたから。心が、やはり、玉のように、しかも、力がね、それこそ、横綱じゃないけれども、信心、神様を信ずる力、信念力と言うものは、非常に強いお方であった。玉錦のような心を持ったものだとこう言うておる。同じく、腹が太いでも、妊産婦と違うですねぇ。
なぜ、甘木の先生の場合、そんなに、まぁ言うなら、同じ太っ腹でも、見苦しかったかと言うと、もう、甘木の関係の方達は、もう、それこそ、生神様のように言うたんですよ安武先生の事を。今でもあの、平田さんあたりのお話しを頂いておりますと、もう、金光大神に次ぐ人は、もう安武松太郎先生だと言うておられます。というくらいに、いわば、信奉者からは、そんなに信じられなさったお方だった訳ですね。けれども、まぁ、手続き以外の方達からは、あんまり、良く言われていなかったんですねぇ。そうですよねぇ。段々、次から次と、産みなされてくる子供達をですね。どこにか、出さにゃいかん訳ですよね。家別れさせにゃいかん訳です。だからもう、ある意味合いではですね。もう、神ながらに、どんどん、出された。ただ、一例を言うと、あそこに、柳川という、小さい町がありますが、柳川にはもう、久留米から出社が、ちゃんと、昔からあったんですよ。柳川教会というのが。ね。その柳川に、お弟子ざんを出されたんです。まぁ非常な問題になりました。福岡、久留米関係からはですね。まぁ、そんな無茶苦茶な事してと言うて、そういう意味で、非常に、やはり、私共も、甘木の先生とは、そんな人という風に、まぁ噂で、お会いする様な事はございませんでしたし、当時、久留米関係の者が、甘木関係の教会に参るなんて、夢にも思わなかったことでしたからねぇ。そういう、大徳の先生がおられましたけれども、私共は知らなかったんです。そばに居ってから。惜しいことだったと思います。もう、ほんご晩年の頃、一二回、お逢いしただけの事でした。ね。
ですから、そういう、例えば、意味合いにおいてですね。その、生みなすという事において、やはり、日本一と言われるほどしの方であった。まぁ次いでながら申しますと、桂松平先生の場合なんかはですね。何と言うですか、太っ腹と言うですかね。渡世人なんかにあります、その、太っ腹、ね。同じ腹が大きいと言うても、ぽんとこう、自分の腹を叩いて、俺に任せとけと言った様な意味での、太っ腹だった訳なんですよね。ですから、先生が教えておられる、その教え振りという、教導振りと言うものが、やはり、みんなそうであった。ね。太っ腹でも、色々違いますよね。玉錦あり、ね。様な太っ腹があり、俺に任せとけと、ぽんと、自分のどん腹叩いて、その、相手を信用させるほどしの太っ腹。または、安武先生のように,同じ腹が大きゅうても、何時も、子供をお腹に抱えておる、はらんでおるといったような意味においての太っ腹ですから、ね。だからもう、どれが有難い、どれがどうち言うことは、一つもない、同じなんだ。けれどもその、人間が、人間関係の上になってくると、安武先生は、そういう意味合いでです。非常に分が悪かった訳ですね。自分の子供を、次々と産みなされるから、それを家別れさせる。もう、人の地域であろうが、どこであろうが、その、まぁ出された訳ですよね。そういう意味で、けれども、生み出すという事においては、ただいま申します様に、日本一であった。まぁこれは、私共、そういう三人の大徳の先生方に比較してじゃないけれども、お前も、折角、こうして、取次ぎ者として、おかげを頂くなら、太っ腹なおかげを頂けよと。まぁ将来が、お前の、こういう道で進めという意味だっただろうと思いますね。
私の場合は、大黒様のお知らせを下さった。大黒さまも、お腹が大きいですねぇ。ですから、私が、本当にそういう、その、大黒様的太っ腹のおかげを頂いたら、大変な事だと思うんですよね。必要な物が、必要に応じて、打ち出の小槌で打ち出していけれるほどしの、太っ腹なんです。だから、私が目指すところは、やっぱり、何時もそこなんです。ね。そこで、私が、まぁ、ある意味で豪語することは、私は、不自由したことがない。金が必要な時には金が。ものが必要な時にはものが。それこそ、打ち出の小槌で、打ち出しておるという意味のことを申しますが、これは、私だけの事。ね。だから、これがもう、本当の、大黒さんの徳を受けられたら、例えば、難儀な氏子が、取り次ぎ助かりを願ってくる。お金がございません。ものがありませんと言うて、言うて来たら、ああそうかというて、ぱーっと、打ち出してやれるほどしの、私は、おかげを受ける時が、私が、いわば、今申しました、三人の先生方の、ある意味での信心を成就なさった、色んな、それに匹敵するようなおかげになるだろうと、私は思います。ね。私の太っ腹は大黒様。けれども、やはり、誰でも魅力はありますよね。合楽にお願いに行ったら、はっと、必要なものが必要に応じて、その、おかげ頂けれると言った様なおかげは、そういう、例えば、信心の世界が顕現されたら、どんなに素晴らしいことだろうかと、自分で思います。
けれども、やはり、ここでは、私だけならばです。私に、一つの小さい手本を見せて下さっておる訳ですね。本当に、夢のような、それこそ、夢にも思わないようなおかげが、次々と、その場その時に展開してくるんですよね。これは、私が、決してその、マジックじゃないんです。手品じゃないんです。それには、それの、ちちゃんと、元があるんです。ね。それを、例えば、ほんなら、ここではです。皆さんが、私が、なかなか、打ち出してはやれんけれどもです。ほんなら、先生の信心を頂いたら、お互いも、まぁ私が大黒さんなら、小国さんぐらいには頂けるじゃないでしょうかねぇ。ね。私は、合楽の魅力は、大体、そこにあると思うんです。
まぁ余談になりましたけれど、まぁ、安武先生の、それに帰りますとですたい、ね。ご自分でです、ご自分の事を、磨いても磨いても、また磨いても、冷めかけた自分の心であるという事にですね。まぁ言うならば、先生の悲しみでしょうねぇ。人間て、どうしてこんなにいも汚いもんだろうかと、ある意味で、生き生きとしておられる。ね。それなのにです。それなのに、生みなされてきておる。それなのに、次から次と、あぁいう御比礼が輝いた。そこでです、神は、荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさると、ね。なるほど、私共の周囲に、荒れ地はありはせんか、荒れ屋敷があるなら、それを生かしていくという事が、神様の喜びなのですけれど、ほんなら、この言葉から、連想すると申しましょうか、ね。この言葉から、言外の言を感じます。ね。言葉以外のものを感じる。これは、荒れ地荒れ屋敷という事では、お互いの心の中の事なんです。自分の心のなかが、荒れ果ててはおらんか。荒れ屋敷同然になってはおらんか。なるほど、種を蒔いても、種を蒔いても、生えようともしない、不毛の地の様にです。ね。働けど働けど、我が暮らし楽にならざりと言う様に、お参りすれども、お参りすれども、おかげにならないと言うならばです。心の荒れ地、荒れ屋敷を感じんわけには参りませんね。ね。
そこでです、そこで、その安武先生じゃないですけれども、自分の心の、打ち耕すという事か、自分の心を、いよいよ、清めていこう、改まって行こうとする精進をなさった。もう限りなくなさった。またのお歌に、「我よしと思う心を、あだとして、夜ごと日ごとに戦いて行け。」これも、三十一日目の所に、そのお歌が出ております。我よしと思う心を、あだとして、夜ごと日ごとに戦いて行けと言うほどにです。自分の心に、本気で取り組んでおられる。それでも、心は、何時も荒れておるのだ、荒れ果てておるのだ、錆だらけだと言う自分というものの自覚。
そんなら、そんなに荒れてござるなら、そういう風に、例えば汚い心であるならば、神様は、おかげは下さらないはずなのだ。ね。本当に、荒れ地荒れ屋敷なら、良いものが生まれない筈なんだ。ね。そこに、私はですね、またの御理解にありますようにです、ね。屑の子ほど可愛いと言う神理ですね。神様の心、神の理です。これは、真の理じゃないですよ。神理、神の理ですね。そこに神理があります。ね。いわゆる、神の心が、そこにあるのです。自分の子供のなかに、屑の子がおれば、屑の子ほどが可愛いのが、親の心じゃと、ね。神も、屑の子ほど可愛いとこう仰る。
私は、甘木の安武先生はですね。自分のような屑の子が、またとあろうかという自覚に立っておられたんだと思うのです。ね。自分という者を、本気で、見極めに見極めておいでられた。磨きもした、改まりもしたけれども、磨いても磨いても、改まっても改まっても、改まらなければならない事の多いことに驚かれた。ね。自分の心のなかに、我よしと言うような心が起こったら、それこそ、それを仇のように思うて、それを、とっちめておいでられたんだけれどです。なかなか、それを、とっちめ抜くことは出来なかった、にもかかわらずです、ね。あのような御比礼を打ち立てられたと。おかげを受けられたというところにです、神様は、それをお嫌いなさる。汚れ果てておる、そういう荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさるけれどもです。氏子が、本気で、その気になって、荒れ地荒れ屋敷を耕そう。草を取ろう、ね。豊かな土地にしようと言う意欲、願いというものを持つことによってです。または、自分ほど汚い物はあろうかという自覚に立った時です。そういう氏子の上に、特別に、神が可愛い、屑の子ほど可愛いと仰る、その可愛いと言う神の手が、いわゆる、愛の手が差し伸べられるのじゃないでしょうか。ね。
その十四節の前の十三節を頂きますと。「神は向こう倍力の徳を授ける」と仰せられる。私は、ここの、十四節を、今日頂いてから、はぁ、十三節の「神は向こう倍力の徳を授ける」と仰るのは、この事だと思うた。ね。なるほどです。自分というものは、磨いても磨いても、錆付いておるような自分なのだけれどもです。それに向って、本気で取り組んで行く。いわゆる、神様へ、いよいよ、打ち向こうていく。ね。ですからね、ですから、打ち向こうて行くけれどもね。やはり、心は錆びておるという事なんです。けれどもその、そうして、打ち向こうて行くうちにです。やはり、徳が受けられたという事になります。人間と言うものは、磨いても磨いても、限りがないのだ、ほどに汚いものなんだけれど、ね。もう人間だから、こんくらいな事はしようがないと言った様なものではなくてです。もう、悲しいまでに、その事に取り組ませて頂くという事。それに、打ち込んでいくという事。ね。その打ち込んでいく、その事がです、私は、ね。そこから、生まれるのではなくて、そこから受けられる力、そこから受けられる徳が約束されると思うのです。ね。これは、如何に、押せども引けども、自分の汚い心というものは、どうにもならないけれども。それでもやはり、一生懸命に、押しておるうちにです。自分のほうに力が出来たと言う訳なんです、ね。大きな岩に向かって、それを動かそうとした。けれども、その岩は、びくともしなかった。けれども、それを、繰り返し繰り返し、押しておるうちに、自分の腕には、力こぶしが、こう出来たという意味なんです。神は打ち向こう、ね。倍力の徳を授ける。いわば、その徳を受けられたんです、甘木の安武先生は。ね。だから、人間そのものは、やはり、汚かったと、自分でも自覚しておられる。けれども、それに打ち向かわれた、その迫力が素晴らしかった。ね。その迫力がです。それに返ってきたのが、迫力のある力を受けられたという事になる。ね。徳を受けられたという事になるでしょう。こういう風に、頂いてまいりますと、この御理解十四節はですね。やはり、もっともっとですけれどもです。ね。言外の言を感じさせられます。ね。
ですから、私自身が、本当に、私のような者がと、この様な勿体ないおかげを頂いて、本当にと、私のような者がと言う自覚にたって、そこに私が、いよいよ、取り組んで行く、打ち込んで行くならば、ね。その私のような者は、変わらなくても、それに打ち込んでいく私は、力は、私は、与えられるんだと思う。そして、私は、どういうおかげを頂いていくかというと、いよいよ、自由自在なですかね。打ち出の小槌的なおかげを、そういう徳を、私は、受けていくことだろうと。またそれを目指させて頂くという事になる訳なんです。ね。
どうぞ、この御理解十四節。ただ、それだけの事。神は荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさると言う。神様から嫌われちゃならん、神様から嫌われちゃならん。こういう汚い心では、神様が嫌いなさると言う自覚なんだ。これじゃ、神様に、顔向けも出来んほどしの自分なのだ。どうぞ、限りなく美しゅうならせて下され、限りなく、改まらせて下されと言うて、願うて願うて、願いぬいて行く。そういう力がです。打ち向こう倍力の徳が頂ける。力が受けられる。その事は変わらなくても、ね。そこに、私は、ね。その倍力の徳とでも言いましょうか、その力がです、ね。
例えば、甘木の初代の例をとると、あのような素晴らしいおかげにまでなってきたんだと、こう思います。ね。私共も、やはり、そこんところを一つ、本気で、自分を分らせて貰い、自分の心の中の、荒れ具合とでも申しましょうか、ね。その証拠には、何か、ちょっとあると、もう、いらいらする。心が、すぐ荒れる。それは、あれておる証拠なんだ、心が。ね。それを、何かで、平穏無事な時には、何でもないごとあるけれども、何か、ちょっとあると、もう、カーッとくるという事は、もう実際は、荒れておるからなんだ。ね。だから、そういう様な事に直面するたんべんに、自分の心の荒れ地荒れ屋敷を実感して、それを、いよいよ、打ち耕していこう。それを、いよいよ、まぁ豊かな、言うなら、美田とでも申しましょうかね。美田にしていくことの努力精進をさせて頂くという事。そこから、良いものが生まれてくる。同時に、そこから、いよいよ、自分の、まぁ人間の業とでも申しましょうか。ね。その様なものを、いよいよ、深く感じる。
だから、いよいよ、力をもって、それに打ち向かう。そのうち向う、しかし、教祖の御教えの素晴らしさは、この辺ですよね。そういう風に、教えておられるかと思うと、その前には、神は、打つ向こう倍力の徳を授けると仰る。この辺が、とても、他の宗教で説き得ないところです。どうでもですね。ただ、自分を、ぎりぎり、追いやって行こうと、追いやってと言うが、自分をして、その、神を目指させると言うことは説きますけれどもね。その事によって、徳を受けるという表現で教えておられるものは、まぁだ、聞いた事がありません。ね。その、打ち向かう倍力の徳が受けられるから、私のようなものでも、この様なおかげが受けられるというおかげが、受けられる訳なんですよね。ですから、幾ら磨いても磨いても、自分が、はぁ、もう私のごたる者は、おかげ頂ききるめち言うような私でもです。ね。それでも、うまずたゆまず、それに取り組んで、打ち向こうて行けば、打ち向かう事に対するところの力は受けられる。いわゆる、徳が受けられる。その徳が、素晴らしい事になって来る訳なんですね。どうぞ。